汲めども尽きぬ知恵の泉

「武器はこの身ひとつ」を目指して

星新一のショートショートの世界④「タブー」

 

 

 

夜おそくの盛り場。

賑わいが残るなか、一人の若い女が空車のタクシーを捕まえた。

 

女は中のシートにかけ、行き先を告げると、

「気が進みませんなあ」と、顔をしかめながら運転手は返答する。

女は腹立たしげに

「なんてこと言うの、あたしに何か不満があって?」

「そうじゃなくて、その方角に、この時間…」

ぶつぶつ言う運転手に女は続ける。

「わけが分からないわ。頼まれた場所まで運ぶのがタクシーの仕事でしょ。どうしてもと言うならほかの車でもいいわ。ただ、後であなたに苦情がいくかもしれないけど」

 

運転手は仕方なく車を走らせる。しばらくして女が聞いた。

「まだおこってるの……?」

「気が進まないと口にしただけで、怒っていたのではありません。しかし、考えてみるとお客様にいやな思いをさせたわけで、おわびします。」

なにか変わった事情があることを知った女は、

あまり乗り気ではない運転手にしゃべらせた。

 

「この間、女の人を乗せたんです。それで、この先に墓地があるでしょう…」

振り返ると席から消えていたという。さらに、一回だけなら忘れるかもしれないが、

そのあとも同じことが起きた。さきほど、あの方角で女を嫌がったのはそういうわけらしい。

 

運転手は乗り換えを進めるも、

「めんどくさいじゃないの。それに、そんなタブーを作り上げちゃうとあなたのためじゃないわ。」

と、女は乗り続ける。墓地が近づき、車はスピードを落とさない。

 

すると、女が驚きの声を上げる。

「あら、どうしたの、あたしの足、見えないわ。手で触っても感じない。消えちゃったのよ。

あ、もう腰もない。お腹まで消えてきたわ。なぜなのよ、どうしてこんなことが。胸もよ。いや、たすけて。どうかして、あたし、消えたくない。お願い、助けて…」

 

悲鳴だけが残り、やがてそれも消えた。運転手は振り向いてつぶやく。

「まただ。いったいどうなっているんだ。けっきょく代金はもらい損ねだ。だから、こっちの方角へ女を乗せるのは嫌なんだが…」

 

 

 

今読んでいる「妄想銀行」という星新一の本の中の一部。

 

女が消えることよりも、料金が手に入らないことを嫌がっているのが面白い。

最後の運転手のつぶやき一つで、怪談がコメディーへと変化してしまった。

 

恐ろしい現象も、何度も起こり、自分に害がないと、慣れてしまうのか。

タクシー運転手も、最初は不思議がったり怖がったりして頭を悩ませただろう。

女は自分が幽霊だと気付いてなかったんだろうか。それとも

墓地に若い女が近づくと得体のしれない何かによって消されてしまうのか。

どちらにせよお金にならない女の客を集めてしまう運転手は憂鬱だろうなあ。

 

星さんの本は一つ一つが短くて読みやすいのが良いのと、

SFにもかかわらず、人間の心理をしっかりととらえていて、

読んでて引き込まれていく。