星新一のショートショートの世界③「大黒さま」
元日の夜、うつらうつらしていたエヌ氏は、誰かが訪れる気配を感じた。
「どなたですか」
と身をおこすと、肩に大きな袋をしょった、福々しい顔をした大黒様だった。
念のため確かめてみると、
「そうだ。お前に福を授けに来たのだ」
と、本物に間違いないようだ。エヌ氏は大声を上げる。
「ほんとですか」
「もちろんだ。私の力で幸福になったものは、数えきれない」
「しめた。ばんざい。では、すぐに…」
エヌ氏は飛び上がり、手を出した。その様子を見て大黒さまは言う。
「どうやら、お前はあわて者の性格のようだな。それを取り除けば…」
「これがあわてずにいられますか。さて、何をいただくとするか。このチャンスを逃さず…」
頭の中で、エヌ氏は巨額な数字を並べ始めた。
「おまえは欲張りなところがあるな。それを取り除けば…」
「なんと言われようがかまうもんですか。そうだ、その袋の中のものをみんなください。」
エヌ氏は目を輝かせて指をさすが大黒さまは困り顔。
「おまえは変なものに目をつける性格があるな。それを取り除けば…」
「さっきから取り除くことばかり言ってる。そんなことは精神分析医にでも任せておけばいい。
さあ、ください。」
「これだけはやれない。どうもお前には強引でむちゃなところがあるぞ」
「それを取り除けばというんでしょう。いらいらしてきた。こうなったら、腕ずくでも頂戴する。」
「まて、やめろ」
大黒さまはさえぎったが、エヌ氏はすばやく奪ってしまった。そして袋の口を開き、
のぞきこんだ。何とも言えぬ、いやな気分が立ち上ってきた。
「なんです、これは」
「そもそも福とは、その障害になっているものを取り除けば簡単に手に入る。
すなわち福を与える結果になり、それが私の役目だ。ほうぼうで集めてきたのが、袋に
いっぱい入っていた。それを開けて吸い込むとは、お前はなんという…」