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【書評18】『掏摸』中村文則|善悪とはそもそも存在しないのではないか?

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あらすじ

 お前は、運命を信じるか?東京を仕事場にする天才スリ師。彼のターゲットはわかりやすい裕福者たち。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎-かつて一度だけ、仕事を共にしたことのある、闇社会に生きる男。木崎はある仕事を依頼してきた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。もし逃げれば…最近、お前が親しくしている子供を殺す」その瞬間、木崎は彼にとって、絶対的な運命の支配者となった。悪の快感に溺れた芥川賞作家が、圧倒的な緊迫感とディティールで描く、著者最高傑作にして驚愕の話題作。(booklogより引用

 

壊される価値観と、善悪の概念

自分は今まで善人だと思っていたし、ハナからそれを疑うということすらしませんでした。ただ、無関心、無知ということも一種の悪であると感じました。自分が定期的に飲むフラペチーノ代で助けることができる命。それを無視したうえでの一杯。あるいは、仮に助けようとしてもちゃんと目的の場所、人間まで全てが、あるいは一部でも届くか疑わしい仕組みでで成り立つ構造の世界。

はたして自分は、いや世界は善で成り立っているのか?いや、そんなことは一切ない。善で成り立たない世界の常識で生きる私はもちろん善でありうるはずがない。なぜならその世界の教育、社会常識、考え方で塗り固められ、今に至っているのだから。

 

所有という概念があるのであれば、この世のほとんどの所有は悪になってしまう。なぜなら所有できない飢えた子供が世界中にいるから。いや、たった一人存在するだけでも、その他の所有は悪になりうる。

所有という概念を否定するのであれば、「盗み」の概念もない。また、10億持っている人間から10万をとったとしてもそれは無に等しい。それらによって盗みを肯定するわけでもないが、主人公たちを全うから否定できないのも確かだ。

 

中村さんの本を読んでいると、自分の中の善悪の概念が急速に変化していきます。またいかに自分が、いや人間はこの社会に洗脳されているかが分かる。そしていかに自分の住んでいる世界に対して理解がないかも。

 

 

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全ては人間が勝手に作り上げた、都合のいい価値観

動物は、その数が多ければ多いほど多様性が生まれる。特に人間という「私という意識」を持つ高次な生物は、多様性が存在しやすい。さて、誰かがこの世の中で悪事を行ったとする。もちろんそれは大勢の人間から非難される。ただ、その行為が悪という証拠は何だろうか?

 

法律を破っているということが挙がるかもしれない。ただ、法というものはその時々の時代で、その内容によって利益を得ることができる人間によって勝手に作られたものである。この世の中に、もともと真実としてあったものではない。勝手に発生したものではない。

全ては人間が勝手に作り上げたもので、人間はそれぞれ自分の中の正義、考え方の中で行動している。なにかに失敗するということは(良い悪いを置いておいて)ただ、この世に存在する「一般的な倫理観」、「法」というツールを、うまく活用できなかっただけに過ぎない。

 

この世の中にあるのは、すべてツール、道具にしか過ぎない。喜びも悲しみといった感情も、すべてこの世から与えられる刺激に過ぎない。いかにそれらを楽しめるか?味わい尽くせるか?そんな感じで生きれれば気が楽になれるかもしれない。少し違った見方でこの世の中に触れることができるかもしれない。

 

宗教というものは、こういった考え方を刷り込んでくれるなら、確かに安心できるし、人によってはすばらしいものだなと思った。

 

その他余談、気になったこと

「所有」という概念が重視されなくなってきた。ルームシェアカーシェアリング、さらに最近では服やカバンのシェアサービスまで盛んになってきている。最先端を行く人間たちが「口をそろえてモノを自分で持つのは無駄だ」と、言い始めている。「モノ」は世界に存在している。その恩恵を享受するには、借りるだけで十分だし、コスパがいい。

 

「財布には、その人間の人格や、生活が出た。」確かに財布の中身を他人に見られるのは怖い。ホストやキャバクラに通う人間の財布の中には、会員カードや名刺が入っているはずだ。レシートなどがきれいに整えられている人間は倹約家、あるいはまじめな性格かもしれない。長財布ではなく小さい折り畳みの財布を持つ人は、機能主義を尊重しているか、外見にこだわらない人間だろう。さて、あなたの財布はどうなっているだろうか?客観的に観察してみると面白いかもしれない。

 

 

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