汲めども尽きぬ知恵の泉

「武器はこの身ひとつ」を目指して

【書評18】『掏摸』中村文則|善悪とはそもそも存在しないのではないか?

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あらすじ

 お前は、運命を信じるか?東京を仕事場にする天才スリ師。彼のターゲットはわかりやすい裕福者たち。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎-かつて一度だけ、仕事を共にしたことのある、闇社会に生きる男。木崎はある仕事を依頼してきた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。もし逃げれば…最近、お前が親しくしている子供を殺す」その瞬間、木崎は彼にとって、絶対的な運命の支配者となった。悪の快感に溺れた芥川賞作家が、圧倒的な緊迫感とディティールで描く、著者最高傑作にして驚愕の話題作。(booklogより引用

 

壊される価値観と、善悪の概念

自分は今まで善人だと思っていたし、ハナからそれを疑うということすらしなかった。自分のフラペチーノ代で助かる命がある。それを無視したうえでの一杯。また仮に助けようとしても、クリアに、ちゃんと目的の場所、人間まで届くか疑わしいそれらの構造。

はたして自分は、いや世界は善で成り立っているのか?いや、そんなことは一切ない。善で成り立たない世界の常識で生きる私はもちろん善でありうるはずがない。なぜならその世界の教育、社会常識、考え方で塗り固められ、今に至っているのだから。

 

所有という概念があるのであれば、この世のほとんどの所有は悪になってしまう。なぜなら所有できない飢えた子供が世界中にいるから。いや、たった一人存在するだけでも、その他の所有は悪になりうる。

所有という概念を否定するのであれば、「盗み」の概念もない。また、10億持っている人間から10万をとったとしてもそれは無に等しい。それらによって盗みを肯定するわけでもないが、主人公たちを全うから否定できないのも確かだ。

 

中村さんの本を読んでいると、自分の中の善悪の概念が急速に変化していく。またいかに自分が、いや人間はこの社会に洗脳されているかが分かる。そしていかに自分の住んでいる世界に対して理解がないかも。

 

 

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全ては人間が勝手に作り上げた、都合のいい価値観

動物は、その数が多ければ多いほど多様性が生まれる。特に人間という「私という意識」を持つ高次な生物は、多様性が存在しやすい。さて、誰かがこの世の中で悪事を行ったとする。もちろんそれは大勢の人間から非難される。ただ、その行為が悪という証拠は何だろうか?

 

法律を破っているということが挙がるかもしれない。ただ、法というものはその時々の時代で、その内容によって利益を得ることができる人間によって勝手に作られたものである。この世の中に、もともと真実としてあったものではない。勝手に発生したものではない。

全ては人間が勝手に作り上げたもので、人間はそれぞれ自分の中の正義、考え方の中で行動している。なにかに失敗するということは(良い悪いを置いておいて)ただ、この世に存在する「一般的な倫理観」、「法」というツールを、うまく活用できなかっただけに過ぎない。

 

この世の中にあるのは、すべてツール、道具にしか過ぎない。喜びも悲しみといった感情も、すべてこの世から与えられる刺激に過ぎない。いかにそれらを楽しめるか?味わい尽くせるか?そんな感じで生きれれば気が楽になれるかもしれない。少し違った見方でこの世の中に触れることができるかもしれない。

 

宗教というものは、こういった考え方を刷り込んでくれるなら、確かに安心できるし、人によってはすばらしいものだなと思った。

 

その他余談、気になったこと

「所有」という概念が重視されなくなってきた。ルームシェアカーシェアリング、さらに最近では服やカバンのシェアサービスまで盛んになってきている。最先端を行く人間たちが「口をそろえてモノを自分で持つのは無駄だ」と、言い始めている。「モノ」は世界に存在している。その恩恵を享受するには、借りるだけで十分だし、コスパがいい。

 

「財布には、その人間の人格や、生活が出た。」確かに財布の中身を他人に見られるのは怖い。ホストやキャバクラに通う人間の財布の中には、会員カードや名刺が入っているはずだ。レシートなどがきれいに整えられている人間は倹約家、あるいはまじめな性格かもしれない。長財布ではなく小さい折り畳みの財布を持つ人は、機能主義を尊重しているか、外見にこだわらない人間だろう。さて、あなたの財布はどうなっているだろうか?客観的に観察してみると面白いかもしれない。

 

 

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【書評17】『結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる』藤由達蔵|成功する人間の共通点は「行動力」

 

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 この本の主張はシンプルだ。

「行動する者だけが人生を変えられる。より良い方向に持っていける。」

10秒以内に動け」

 

 ただ、考えること、学ぶことができても、それを実際に行動にできる人はごくわずかだ。また、理解しても、それを現実の行動に起こせなければ理解していないことと何も変わりはない。

 

 そもそも人間には現状を維持していたいと思うクセがある。それがどんなに苦しくて、逃げたくても。それは、何か新しいことをするのには、精神的にもエネルギー的にもコストがかかるというのが一つの原因かもしれない。そう、慣性の法則と同じだ。動き出すのには大きな力がいる。しかし、動き出してしまえばスイスイと動いていける。

 

 これは言い換えれば、プラスにもとれる。それは、行動さえ起こしてしまえばあとは嫌でも進んでいくということだ。01にするのに比べて、15へ、20100へする方が簡単なのだ。

 

 10秒で行動を起こせるひとは、チャンスを逃さず、成功へと突き進む。さらに自分をより良い環境へと導いていける。あらゆる経験というのは、失敗からも学べることが多い。また、行動できないこと、それ自体が損失でもある

(機会損失について→書評7.行動経済学

 

 

 

即行動するためにはどうしたらよいか?それは、原因を除き、思考を改善することで自分を変えればいい。いくつか紹介していこう。

 

「時間があればやるのにな」タイプ

 まずは、自分の行動をストップさせてしまう「思考の癖」を認識することが大切だ。自分が何か思いついたときに、それをためらわせてしまうものは何であるのか?やらなければいけないことをどうして先延ばしにしてしまうのか?例えばこういうタイプ。

「もっと時間があったらなあ」

 

 このタイプは時間が増えても行動は変わらない。何か趣味を始めたいとき、読書する時間を取ろうと思ったとき、やらなければいけない仕事がある時など、行動できない人間はよくこう考える。

 

 まず、時間が有限であること、また、今のあなたが、あなたの人生の中で存在しうる最も若い瞬間であることを再認識しよう。また、そんなことで行動をおこせない人間はそもそも何かをしようという意志が弱いか、無いに等しい。

 

 対策の一例はシンプルで、今日からスマホかテレビの時間を30分削ってやりたいことに費やそう。現代人は必ずできることだ。

 

 また、与えられたタスクを完成させるための時間が足りないという場合は、今までのやり方を見直し、改善策を探そう。今までと同じやり方で何かを続けるというのは、慣れることでスピードは変わるかもしれないが、仕事量や労力に変化はない。

 

 人に頼めないか?思いついたのなら、躊躇しないで頼ってみる。また、もっと効率のいい方法でやっている人が必ずいる。自分だけの中にとどまらないことも大切だ。金、知識(情報)、他人、道具など、改善策となるツールは必ず存在する。

 

「そのうちやろう」楽観or後回しタイプ

 いつかやろう、そのうちやろう。その「いつか」は二度と回ってこないと考えた方がいい。なぜなら次思いついたときには、例えばビジネスであれば廃れているかもしれないし、決定的な機会を逃してしまったりするからだ。

 

 また、やらなければいけない仕事、宿題、レポートも、すぐやればやるほどいい。なぜなら「やらなければいけないこと」というのは、締め切りに間に合いさえすればいいかもしれないが、それを抱えている間は精神的にかなりストレスになっている

 

 思い出すたびに、鼓動がちょっと早くなるような、嫌な気持になる。「でもまだ時間あるしなあ」と、さらに不安になるし無駄なことを悩むのに時間も取られてしまう。最も合理的なのは、なるべく早く片付けてしまうことだ。合理的であると理解したならば行動あるのみだ。

 

哀しき哉、それでも難しいのが人間であるのだが。→書評7

 

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「ネガティブ思考」で行動できないタイプ

 ほかに、即行動できない人の心理には、「不安」が存在する。過去にこういった失敗があるから、という過去からの不安。これをしたら周りの人に迷惑をかけるのでは、という現在の不安。成功できるか分からない、無駄に終わるだろうという未来への不安、などなど。

 

 不安を抱いている、つまりネガティブな状態では行動をおこせないのも当たり前だし、勇気が必要となる。ただ、今抱いている不安というものは、たいていの場合行動してしまえば解決するし、実はそんなに大したものではない。

 

 他の人は、あなたの行動に対していちいち非難しないし、されたとしても一時的で、すぐに気にもかけなくなる。動いた結果、新たな障害が生じるかもしれないが、それは始める前のそれと比べて格段に軽いはずだ。さきほどの慣性の法則を思い出してほしい。

 

 また、未来についても、行動した後のみじめさを想像できる人は多い。しかし、行動をおこせずに、「同じようなことの繰り返しでこのまま一生過ごしていく方のみじめな自分」のほうはなぜ想像できないのか不思議だ

 

 同じ苦しみなら、動いて味わおう。行動することで嫌なことがあるかもしれない。しかし逆に言えば、行動を起こさないと「すばらしい体験」に出会うことは一生できない。

 

成功している人間は行動に移すまでが速い

 とにかくやってみる。考えてもいいが悩まない。即行動できるようになるまでは時間がかかるはずだが、とにかく小さなことでもいいからこの考えを実践し続けてみよう。英語が勉強してみたいと思ったら英会話を探して申し込む、有料の英語アプリを入れる。

 

 日常の些細なことを変えることから始めてもいい。食べ終えたらすぐにお皿を洗う、コンビニでご飯を選ぶのは10秒以内、思いついてしまったらすぐに行動に移す習慣を身につけよう。

 

 読みたい本ができたらすぐ本屋に行って買い、すぐ読む。自分にとってのハズレや、失敗といったモノは気にしないことだ。そのうちに何か没頭できることや人生を変えてくれるようなもの、成功へと導いてくれるものに出会える。

 

 いま成功しているといわれる人間はみな行動力が高いのだ。「バカな奴ほど成功できる」といわれるのは、後先考えずに行動できるからなのだ。せっかく与えられた人生、カオスに生きよう。

 

 


 

【書評16】『解剖学教室へようこそ』養老孟司|名前を付ける=ものが切れる

「ことばというレッテル」を貼り付ける

モノには、名前がついている。木は木。イヌはイヌ。家は家。誰が決めたかは分からないが、ともかく誰かが、こういう名前を付けた。

 

人は、ことばを使うようになってから、ありとあらゆるものに名前を付けまくった。つけないと、不便だからか、安心できるからか。いや、つけなくてもいいようなものにまで、名前はついている。

 

月、宇宙、暗黒物質、などなど、このように世界中全てのものに、その正体がたとえ不明でも、ともかく名前を付けていった。内容や中身、実態はともかく、夜空で光っている、星よりも大きいアレ、あれは月。

 

こういうふうに、なんにでもことばというレッテルを貼ってしまう。こうすれば、世界をことばにすることができる。こうして、人は世界をことばで表す。

 

 レントゲン写真を見せるお医者さんのイラスト

ことばを使う=モノをバラバラにする

それでは、名前を付けるとはどういうことだろう。それは、意外かもしれないが、モノを「切る事」である。どういうことだろう。例えば、「頭」という名前を付ける。頭という名前を付けると、「頭でないところ」ができてしまう。

 

それらの境目はどこか。「頭」という名前を付けると、そこで「境」ができてしまうのである。「境ができる」ということは、いままで切れていなかったものが切れる、ということである。

 

国境で考えてみる。地面はずっと続いているのに、「中国」と「インド」という国ができると、「境」つまり国境ができる。つながっていたはずの地面が切れてしまった。

 

からだも国も、もともと自然につながっている。それを切ってしまうのはだれか、「ことば」である。名前である。ことばができると、つながっているものが切れてしまう。ことばには、そういう性質がある。

 

複葉機のイラスト

頭の中で考えたことは、外で実現される

こういったことが、解剖の始まりだ。なぜならことばの中、頭の中でまず切れてしまうから、実際に切ることになる。頭の中で「切れる」のと、実際に切るのとは違うと思うだろうか。いや、そうではない。

 

飛行機というものができたおかげで、飛行機を考え付いたのではない。設計図や燃料、物理など頭の中で考えなければならない。体の中に、胃という臓器があるはずだ、あるいは胃という名前の臓器にしよう。こうすることで数ある臓器の中で「胃」が切り分けられ、観察しよう、調べようということになる。

 

人間の性質としてのことば

赤ん坊は、生まれて間もなくは混沌とした、カオスの世界を生きている。モノも人も境のない。ただ、言語を学習していく。ママ、パパ、ミルク。そうすることで、カオスの中に認識できる物質が生まれる。

 

そうやって、認識する対象が増えていく。ことばとはとにかく面白い。人間が進化の頂点にいられる理由は間違いなくことばがあるからだ。生物が、モノを構成するミクロな物体が、細胞、素粒子が、生存に有利な生物を作り上げようと努力してきた末に生まれた「ことば」。

 

ズレてしまったが、とにかく今回のまとめは二つ。ことばには、モノを切る性質がある。人間は、頭の中で考えたことを、外に実現する癖がある。ということだ。これを認識することで、解剖の始まりが分かる。

 

 

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【書評15】『ことばと文化』鈴木孝夫|「ことば」が「モノ」よりも先にある?

悩む女の子のイラスト

ことばがモノを在らしめる

前回の書評で、人々は世界を分けて区別、理解しているということを紹介した。それでは、人間は何を使って世界を分けているのか、それは「ことば」である。

 

この世に存在するすべてのモノ、またモノだけでなく動きなど無形のものなど、すべてのことに「名前」がある。それに該当する「ことば」がある。これは、疑うまでもなく当然のことのように思える。

 

しかし、哲学者や言語学者の中には、こういった当然の前提をひっくり返してくれるような考え方を持つ人がいる。どういった考え方なのか?

 

それは、モノという存在がまずあって、それにことばを付けていくのではなく「ことばが、逆にモノを在らしめている」という考え方である。始めにことばありき、というのである。

 

ただ、始めにことばがあるといっても、カオスのような状態から、ことばだけがその辺りをゴロゴロしていたというわけはない。また、鳥が卵を産むようにことばがいろいろなモノを生み出しているといった意味でもない。

 

「ことばがモノを在らしめる」ということは、世界の断片を、わたしたちがモノとか動きとして認識できるのは、ことばがあるからであり、ことばがなければ犬も猫も区別できていない、ということである。

 

世界には、4本の足で歩く動物が存在しているが、それらを別々の存在として区別、認識しているのは、それぞれに該当する別々のことばがあるおかげである。

 

犬、猫という区別がない国があったとする。そこの人々はそのどちらを見ても、漠然と4本の足で歩く何かが動いている、というふうにしか認識しない。つまり、その国の人々の概念には、我々で言う犬や猫といったモノが存在していない。ということだ。

 

前回からの続きにもなるが、「本来ダラダラと連続した区別のない世界」に対して、人間が勝手に「切れ目」をいれて、モノ、コトを認識する。その「切れ目」はもともと世界、モノの側にあるのではなく、人間が勝手に作りあげている

 

〇前回記事『世界は分けてもわからない』

 

 

 秋田犬のイラスト

ことばはモノを変化させる

そこからさらに、言語はモノを変化させもする。例えば虹。Rainbow。虹は、本来7色ではない。光の波長の違いからくる連続的な変化に過ぎず、明確な段階はない。これに対し、日本では勝手に7つの色を設定しているし、アメリカだと6色、中国だと5色だ。

 

つまり、言語、文化が違うだけで、虹は勝手気ままに変化しているのである。

 

ことばがなければモノは認識されない

膨大な種類の植物が生息するジャングルにいるとしよう。生物学者とあなたが見ている世界は果たして同じだろうか?おそらく、生物学者の見る世界にはたくさんのモノが存在しているし、あなたの目にはモノがすくない。

 

名前や特徴を理解していないと、モノ自体をそもそも人が認識しないのだ。

 

四葉のクローバーもそうだ。本来、葉が3つだろうが5つだろうがクローバーに違いはなかった。そこに人間が(幸せの)4つばのクローバー、という名前を付けたことで、四葉のクローバーはこの世界に、あなたの中に、モノとして存在した。

 

このようなことは、哲学の分野では唯名論実念論という対立で昔から議論されてきたようだ。今回紹介したように唯名論は言語の仕組みを良くとらえているとおもう。また、勉強する、知識をつけることで世界が広くなるということも裏付けしてくれている。

 

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FXで強制退場を喰らい(笑)60000円消える|報告と反省

 

ちょうど一か月目にして強請退場

最近書評しか投稿してなかったが、面白いことがあったので書き留めておくことにした。ちょこちょこと手を出していたFXについてだ。自分自身の振り返りと、皆様の参考になれればということで。

 

1月25日に海外口座でFXをスタート。25000円という額を用意し、とりあえずチャレンジしてみた。正直おととい(H31年2月25日)までめちゃ順調だった。勝ったり負けたりを繰り返しながら60000円まで資金を増やすことに成功していたから。一か月で資金の増加率が240%だったので、とんでもないほどの成果だった。

 

FXの本を片っ端からあさり、ネットで情報を集めるなどしながら、なかなか努力していたと思う。しかし相場はやはり個人のためにあるものではない。また、ド素人の甘い気持ちで通じるような場所でもないことを思い知らされた。

 

敗因について

とにかく、今回の敗因は、

①資金管理の甘さ

損切りの遅さ

の2つに限る。この2つは、どのFXの本を読んでも必ずといってもいいほど触れられていたし、自分でも理解しているつもりだった。ただ、やってみると違う。

 

ドル円を主に取引していたのだが、レンジが続いていて(値動きが一定の幅で、かつ小さかった)、正直なめていた。予期しない時間帯に急激に値が動き、永遠にナンピンしていた多くのショートポジションが証拠金維持率を低下させ強制ロスカットに導いた。

 

自分がその時持っていた考えとして、値動きというのは大きく見ると(例えばドル円で言うと80~120という範囲を行ったり来たりしているように)一定の時間があれば必ず想定の値段まで行くだろう、つまり永遠にナンピンしていても証拠金さえやられなければ大丈夫だ、というのがあった。

 

じっさい、長い目で資金を運用しようというのであれば、これは悪くないかもしれないが、ポジションを大きくとりすぎた上に、ここまで動いても大丈夫という明確な見通しがなかった。

 

今回は失敗したが、自分のように少ない資金でやるのなら大きなレバレッジでハイリスクハイリターン合でやるのは全然悪くないと思う。資金が大きくなればなるほど、資金管理は重要だと思う。

 やる気に燃える人のイラスト(男性)

これからに向けて

 まず、相場の見通しと、理由をもってエントリーすることだ。どのくらいまで動いて大丈夫なのか?実際どこまで、どういった感じで値が動きそうか?損切りや利確のラインとその設定理由は?テクニカルやファンダメンタル的な面からどうしてそのポジションを持ったのか?などなど。

 

また、自分の想定した動きから外れた場合は、即座に撤退するべきだ。立てた作戦が崩れたままただ買うのは難しい。短期で取引する予定だったのに、「きっと上がるだろう」と長期に切り替えたりなどは絶対してはダメだ。

 

そもそも、負けるのは当たり前という意識で向かわなければいけない。勝ったり負けたりを繰り返すのは当然で、その中でいかに利益を増やしていけるかということが重要だ。

 

また、メンタルをやられないように気を付けなければいけない。様々な本で、繰り返し「余剰資金でやれ」「ポジション小さく」「レバレッジに気をつけろ」などと出てくるが、これらはメンタルを考えたことであることが大きい。

 

精神的な負の面からくる損害は大きい。ビビッて利確を早めたり、逆に損入りを早めすぎたりなど、正常な判断が下しづらくなる。客観的で論理的な判断を下すためには、メンタルのコントロールが欠かせない。実際やってみて身に染みて実感した。

 

スワップで毎日じわじわとやられていくだけでも正直きつかった。大きな額を動かす、あるいは長くトレーダーをやっている人はすごい。

 

柔軟な対応はもちろん大事だが、当たり前のことをこつこつとやっていくことが求められる。

 

しばらくやってみての感想

FXを実際にやることで、経済的な見方が増えたり知識が増えたりと、プラスは大きい。企業をするのも、銀行にお金を預けるのも投資である。そういった、自分の能力の向上や、資金を増やす効率など、いろいろな面でFXは投資対象として悪くないと思った。

 

新しい環境に身を置くのはやはり良いものだ。発見や経験があり、また可能性を生み出してくれる。

 

 

 

 

【書評14】『世界は分けてもわからない』福岡伸一|なぜ勉強するのか?

人々は物事を分けて考えている

歴史でも生物でもそうだが、人々は物事を理解しやすくするために区別し、枠組みを作る。例えば、ここからここら辺までが白亜紀、何年から何年くらいまでがカンブリア紀、といった具合に。

 

また、縄文時代弥生時代といった枠組みも一例だ。これらは小学校の時から当然の事実のようにして教えられるが、はたして「真実」だろうか?当時の人(生き物)たちは、「自分は今、弥生時代にいきている」という自覚はない。

 

あとから生まれてきた人間たちが、歴史というものを理解できるように、わかりやすくするために、勝手に区別をしただけだ。もともとランダムに、境界線もなく進む時間を、意識的に作り上げたのだ。

 

こういった理解の仕方は、ある一定の主観的な物事の枠組みから見た、「妄想」に過ぎない。人間を例に挙げても当てはまる。肌の色、宗教、国籍など、図式化、定義化し、区別して考えることは、自分たちの生存に有利に働く。

 

そういった区別は、団結力を強め、誰が見方で誰が敵であるかをはっきりとさせる。分けることで分かりやすくなるのだ。しかし、それらもある時代、ある地域に生きる人間が、勝手に作り上げた枠組みに過ぎない。もともと人間そのものに境界線はない。

 

「これを境界にしよう」「これを違いとしよう」と作った瞬間に境界が生まれるのだ。国境も、人種も、肌の色も、人間がこれを違いとして定義づけ、区別としたことによってそれらが生まれたに過ぎない。

 

わたしたちは、本当は無関係な事柄に、因果関係を付与しがちなのだ。それは、連続を分節し、ことさら境界を強調し、不足を補ってみることが、生き残るうえで優位に働くと感じられたから。もともとランダムに推移する自然現象を無理にでも関連付けることが安心につながったから。世界を図式化し単純化することが、わかることだと思えたから。

 

 

なぜ勉強をするのか?

わたしたちが身に着けてきたもの、あるいは知識として蓄えてきたものは、世界に対する本当の理解ではなく、ヒトの目が切り取った人工的なものだ。世界は分けないことにはわからないが、分けても本当にわかったとは言えない。しかしだからといって、すべての枠組みを外して世界を理解することは不可能だ。

 

大切なのは、まずは見方(考え方)を知ることだ。見方を知ることで、世界はより濃く映る。例えば、観光だ。その場所の歴史を知り、建物を理解し手から見る人の方が、何も知らないで見る人間よりもより濃厚で意味のある時間を楽しむことができる。

 

そしてさらにもう一歩。その一方で、その見方(考え方)、枠組みが絶対的ではないということも知る必要がある。例えば、「肌の色」のによる差別化が、もとから人間に存在していた差別化ではなく、人間が勝手に作り上げた境界線であることを知り、その枠組みから自由になることで肌の色にとらわれず、その人自身の魅力に気づくこともできる。

 

多くの見方を知り、さらにそれらが一つの見方に過ぎないことを知る。それによって人生は豊かに、自由になっていく。これが、勉強することの意味の一つであると思う。

 

 

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【書評13】『明治の人物像』星新一|努力し、なお努力する

 

本を読み始めたきっかけが小学校の時出会った星新一ショートショートである。今でもショートショートが好きだが、それに劣らず星さんの長編が好きである。『声の網』『人民は弱し 官吏は強し』など名作が多い。

 

今回の『明治の人物像』だが、これは星新一版の「自助論」ではないかと思う。自助論とは、スマイルズという人が書いた、成功への心構えや科学の発達史を、膨大な具体例を用いて説いていく本である。これを日本で初めて訳したのが中村正直である。

 

この本が、野口英世伊藤博文エジソンなどそうそうたるメンバーの中、自助論というものを約した中村正直を第一番目においてあることからもわかるが、現代日本の「自助論」的な一冊を書こうとしたのであろう。

 

エジソンを除き日本の明治に活躍した日本人たちが、どのようなことを行い、またどういう気持ちでいたのかということを書くことで、日本の人々に向上心や勉学への意欲といった「自助の精神」を植え付けようとしている気がする。また、政府はじめ不当な扱いを受けてきた父、星一への慰みの気持ちも伝わってくる。

 

自助論で人生観を強固にしよう

星新一の父、星一は、さまざまな苦難に陥りながらも、めげることなく事業に取り組み、人々の役に立とうとした。そんな星の精神を支えたものの一部が、自助論だ。自助論は現代にも通ずるとてもいいことを言っている。

 

人生観をより良い方向へと導いてくれる言葉、事例でたっぷりだ。自分もいくつか紹介したい気持ちでたまらない気持ちになった。

 

「一国の価値は、つまるところ、それを構成している個人の価値に他ならない。」

 

「政治は国民の個性の反映。人民の水準が高まらない限り、国は良くならない。またあ、社会悪と呼ばれるものの大部分は、人々の堕落した生活が生み出したものである。」

 

「歴史上、人類の進歩に尽くした人物は数多くいる。しかし、それは特殊な人たちではない。貴族や金持ちの家に生まれた人たちが、それを成し遂げたのではない。低い身分、貧しい家から優れた人材のであることが多い。」

 

「生まれながらの富は、人に向上心を生み出さない。」

 

「地動説を唱えた天文学者コペルニクスは、ポーランドのパン屋の息子だった。地動説に感動し、それをさらに研究し、惑星の運動法則を発見したケプラーは、ドイツの貧しい居酒屋の子に生まれた。それに触発され、万有引力を発見したニュートンはイギリスの農民の子だった。」

 

「医師のジェンナーは、ヒントを得てから20年以上友人たちにバカにされながら観察と実験を重ね、種痘を確立した。」

 

「音楽家ハイドンは「問題を取り上げて追及することが大事だ」といい、モーツァルトは「仕事が最大の楽しみだ」としばしば他人に語り、ベートーベンは「力行と勤勉なる才能にとって、ゆきどまりはない」との言葉を好んだ。」

 

「不運を嘆く人は、自己の怠慢、不始末、不用意、不勉強の結果に他ならない。」

 

 

などなど、すばらしい教訓がちりばめられている。この中村正直の話から始まり、ほかにも偉人の生い立ちとともに歴史館を身に着けながら、かつ成功への精神を刺激してくれるすばらしい本となっている。

 

努力なしに何かを成し遂げられるものはほとんどいない。しかし、逆に言えばどんな生まれだろうが努力次第で自分をどんなところへもつれていくことができる。

 

いま、好きで何かを続けている人は、世間体などを気にせず走り続ければいい。また、失敗しても工夫に工夫を重ねればいいのだ。というふうに、励まされた一冊だ。

 

神は、自ら助くるものを助くのである。

 

 

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